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東京高等裁判所 昭和32年(ラ)612号 決定 1960年2月11日

(一) 本件記録によれば、本件においてその執行の方法(対象)が問題となつている債務名義は、債権者抗告人債務者相手方間の甲府地方裁判所昭和三十一年(ヨ)第七一号実用新案権侵害禁止仮処分命令申請事件について、同裁判所が昭和三十一年六月十二日にした仮処分決定であつて、その成立に争のない甲第一号証によれば、その主文には、次のとおり記載されていることが認められる。

主文

一、債務者会社(本件相手方)は、登録第四三五、〇四六号実用新案権の権利範囲に属する別紙目録記載のような構造を有する白麦精麦機械の製作、使用、販売、拡布をしてはならない。

二、債務者会社の肩書住所地の工場内にある前記白麦製造に使用する各機械に対する債務者の占有を解いて、債権者(本件抗告人)の委任する甲府地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。この場合執行吏は、その保管にかゝる旨を公示するため適当な方法をとること。

三、執行吏は、右機械を封印その他の方法によりその使用ができぬようにすることができる。

「物件目録」

添付図面に示す如くホツパー2の下部に設置した誘導ロール35と切断ロール9とによつて麦を中心部より立割る様にした麦の立割装置において機枠1に支承した大歯車13の軸14に取付けた誘導ロール35の表面に設けた波型状の溝イ内に多数のローレツト36を横方向に刻設した誘導ロールを取付けた高速度切断機

「添付図面」

別紙第一図面のとおり

以上のとおりであるが、右主文第一項に記載された「登録第四三五、〇四六号実用新案権の権利範囲に属する」の文言は、直接これに続いて詳細具体的に記載された「別紙目録記載のような構造を有する機械」を形容する語句であつて、これによつては該仮処分の対象を「別紙目録記載のような構造を有する機械」以上にも、以下にも拡張または限定するものではなく、この限りにおいては、執行法上無意味な記載と解するを相当とする(主文無修飾の原則)。このことは右文言の記載自体から明白であるばかりでなく、特許権、実用新案権等の権利範囲の判定の如きは、債務名義を作成する裁判所の当面する最も重要かつ困難な問題であつて、判決裁判所がその判定を執行機関の判断に委すようなことはあり得ないからである。(抗告人も抗告理由(四)及び(五)において、同様のことを主張している。)

(二) その成立に争のない甲第二号証及び原審証人市川寛(第二回)の証言によつて真正に成立したと認める甲第三十三号証並びに原審における検証の結果によれば、甲府地方裁判所執行吏が抗告人の委任に基いて、右仮処分決定の執行として、相手方肩書地工場において、相手方の占有を解いて自己の保管のもとにおき、相手方の使用を禁止した白麦製造機械十六台のうち五台は、前記第一図面記載のとおりのものであるが、残十一台は、別紙第二図面に表示するように、「直立したホツパー1の下端に接し螺旋溝16を有する排穀棒14を設け、その直下に傾斜受板15を斜設し、これと小間隔をおいて対設する流板2を、周囲が断面<省略>状をなし、底の平坦部だけにローレツトを刻んだ多数の誘導溝4を有する廻転ロールの上部に接するように設け、周囲に切断刃6を設けた切断ロール7を廻転ロールに平行して、切断刃が廻転ロールの誘導溝に突入するように横架し、廻転ロールの上部に接して、放射方面に整流面8を定設し、整流面を背部に形成した多数の楔形整粒歯10を機枠に横架した軸11に連嵌した櫛歯状に組み立てて、各自擺動自在に支え、上面に発条17を接触させて、各自これを廻転ロールに圧接させ、整流歯はその底面に断面凹弧状の縦溝を設け、これを廻転ロールの対応する誘導溝に合致させるようにし、また各整粒歯の先端に摺割19を設けて切断刃の通過に備えるようにしたもの」であることが認められる。

(三) 相手方は、右十一台の機械は、仮処分決定の主文に記載されたものと相違する旨を主張して、本件執行の方法に関する異議の申立をしたものであるが、以上認定によつても明らかなように、仮処分決定に記載された機械の誘導ロールは、「表面に設けた波型状の溝内に多数のローレツトを横方面に刻設」したものであるにかゝわらず、右十一台の機械の誘導溝は、「断面<省略>状をなし、底の平坦部だけにローレツトを刻んだもの」であるから、この点だけから見ても、右両者は同一でないのはもちろん、社会的な物の見方からいつても、別異なものと認定するのを相当とする。(抗告人がもしこれをも仮処分の対象としようとするならば、仮処分申請のうちにこれを明記し、この点について裁判所の判断を受け、裁判所はまたこれを仮処分決定主文中に執行機関である執行吏にも十分判るように具体的に表示すべきである。)してみれば、執行吏が前記仮処分決定の執行として右機械十一台に対してなした処分は違法であつて許されないものであるから、これと同旨に出でた原決定は相当といわなければならない。

(四) 抗告人は、右十一台の機械に取り付けられている誘導ロールは、抗告人の権利を有する登録第四三五、〇四六号実用新案権の権利範囲である「送転輪の周面を断面凹弧状の溝に形成し、その溝内に多数の不規則面を横方向に刻設した送転輪の構造」と類似する。又断面凹弧状の溝を連続すれば、その送転輪は「波型状」となる。しかも送転輪の溝の型状が断面凹弧状であるが、<省略>状であるかは単なる構造上の微差に過ぎないとして、本件仮処分決定に表示する「債務者工場内にある白麦製造に使用する各機械」とは、右十一台の機械をも指称することは明らかであると主張するが、執行吏はその執行にあたつて、執行の目的物と債務名義に表示されたものとが、同一(社会的な物の見方に従つて)であるかどうかを判断しなければならないが、それを以て足り、進んで債務名義(この場合仮処分決定)が保全せんとする権利、争ある権利関係の内容、範囲にまで立ち入つて判断するが如きは、前にも述べたように、執行吏に対して到底期待し得ないところであるばかりでなく、すべて執行機関は、そのような義務も権限もないものといわなければならない。

(五) 抗告人はまた原決定がなした本件十一台の機械における廻転ロールの溝の形状及び抗告人の有する登録実用新案における送転輪のそれぞれの作用、効果に対する認定、両者の同一性、類似性についての判断を非難しているが、本件のように執行の目的物の相違についての異議の申立(民事訴訟法第五百四十四条)において、裁判所は執行の目的物が果して債務名義に記載された目的物と同一であるかどうかを判断すれば足り、その余の事項、ことに債務名義に全然表示されていない抗告人の有する実用新案権の作用、効果の判断の如きは、いかなる意味においてもその必要のないものと解すべきであるから、(これらの事項の判断は、債務名義を作成すべき裁判機関において当然なすことであつて、執行吏が債務名義の当否を判断し得ないと同様、強制執行の方法に関する異議の申立を受けた執行裁判所も、これを判断し得ないことは、いうをまたない。)たとい原裁判所のこれらの点に対する判断に何等かの欠点があつたとしても、これがために、すでに前記(三)で明らかにしたようにその結論において相当と認むべき原決定を取消す理由とはならない。

〔編註その一〕 本件における抗告理由の要旨は左のとおりである。

(一) 原決定が仮処分の執行を許さないものとした原決定添付目録記載の十一台の機械に取り付けられている誘導ロールには、断面<省略>状の溝があり、その溝の内面には横方向にローレツトが刻んである。これは抗告人の有する登録実用新案第四三五、〇四六号の権利範囲である「送転輪の周囲を断面凹弧状の溝に形成し、その溝内に多数の不規則面を横方向に刻設した送転輪(誘導ロール)の構造」と類似する。断面凹弧状の溝を連続すれば、その送転輪は「波型状」となる。しかも送転輪(誘導ロール)の溝の型状が断面凹弧状であるか<省略>状であるかは、単に構造上の微差に過ぎない。従つて本件仮処分決定の表示する「債務者(相手方)工場内にある白麦製造に使用する機械」とは、右十一台の機械をも指称することは明白である。

(二) 原決定は、相手方の使用する右十一台の麦粒切断機の各廻転ロールの溝の形状、作用効果について、相手方代理人のいわゆる「整粒作用」なる架空の概念に眩惑され、あたかもこれあるものと曲解した。

(三) 原決定は、抗告人の送転輪の作用、効果を曲解し、その溝の形状並びにその同一性類似性について判断を誤つた。その詳細は前記(一)においても述べたとおりである。従つて相手方使用中の機械の廻転ロールの溝は、仮処分執行当時の現況において、すべて溝の中心部が磨滅して弧状をなしていたものであるゆえ、その溝の形状は凹弧状というべきである。

(四) 原決定は仮処分における被保全権利の実体につき判断をなしたものであり、執行方法に関する異議に対する裁判としては、その権限を逸脱したものである。

(五) 原決定は結局執行吏に対し被保全権利の実体につき判断を求めるものであり、執行方法の異議に関する裁判としては違法不当のものである。

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

第一図面

第1図

<省略>

第2図

<省略>

第3図

<省略>

第4図

<省略>

第二図面

第1図

<省略>

第2図

<省略>

第3図

<省略>

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